宝幢と曼荼羅を携える真言宗の僧侶、寺院の堂内にてオーロラの光と共に
真言密教みっきょう

真の言葉。
霊気れいきの奥にある密の道。

真言とは「真の言葉」。日本に深く根を下ろした密教の道でございます。 霊気の最も深い源流の一つが、ここに静かに息づいております。 言葉で説き明かす道ではなく、直に 体験たいけん してまいる道なのかもしれません。

源流
根本大塔 · 高野山に立つ朱の大塔 · 真言密教の精神的中心
根本大塔こんぽんだいとう · 高野山に静かに立つ朱の大塔

信じるのではなく、体感たいかんしてまいる。

真言密教(しんごんみっきょう)は、九世紀の初め、弘法大師こうぼうだいし・空海が唐よりもたらされた、日本の密教の道でございます。その中心には、ひそやかでありながら、深い一つの願いが息づいております。— 悟さとりは、幾度の生をかけて遠く先にあるものではなく、この身このままに、今この生のうちに開かれてゆくものなのかもしれません。三密さんみつ — 印(身のしるし)、真言(口のしるし)、観想と曼荼羅(意のしるし)— の行を通じて、直に体感してまいります。

真言密教の中心には、大日如来だいにちにょらいがいらっしゃいます。すべてを包む宇宙の仏、すべてに行き渡る意識でございます。あらゆるものは、その御身おんみ。あらゆる響きは、その御声。あらゆる想いは、その御心。— そう拝されてまいりました。胎蔵界曼荼羅たいぞうかいまんだらと金剛界曼荼羅こんごうかいまんだら。この両界の曼荼羅は、その本来の世界へとお導きくださる、心の地図のようなものなのかもしれません。

空海は、806年(大同元年だいどうがんねん)、唐よりこの道を日本に持ち帰られました。高野山こうやさんに開かれた金剛峰寺こんごうぶじは、千二百年余りにわたり、その中心ちゅうしんとして今も息づいております。— 師より弟子へ、伝授でんじゅから伝授へ、絶えることなく受け継がれてまいりました。これは概念ではなく、密の知恵ちえが今もなお生きて働いている、そのありようそのものでございます。

霊気(れいき)とのつながりは、偶然ぐうぜんではございません。臼井甕男うすいみかお先生は、これらの伝統 — 真言密教、そして天台てんだい、修験道しゅげんどう、シャーマニズム的な道教 — に親しまれていらっしゃいました。霊気の象徴しょうちょう(シンボル)は、真言密教において今もなお儀礼ぎれいの聖なる文字として息づく悉曇しったんに由来いたします。真言霊気では、この本来のつながりを言葉で語かたるのではなく、日々の実践のなかに息づかせてまいります。

深ふかく辿る

真言密教みっきょうを、
一つひとつの記事から。

それぞれの記事が、千二百年余りにわたり今も息づくこの道への、静かな入口でございます。

マークとアイリーン、夜の護摩供 · 灯される炎の前で息づく真言の実践
護摩供ごまく · マークとアイリーンと共に · 今も息づく真言の実践
真
柱はしら
真言密教みっきょうとは。

真言とは何か。どのように日本へ伝えられ、なぜ霊気の奥にある道とされるのか。— その全体像を、ひとつの記事に静かにまとめました。

マーク・ホサック博士はかせ真言密教みっきょう
空
真言密教みっきょう
空海 — 真言の祖。

海を渡り唐に学び、密教の完全かんぜんな伝授を受けて、日本にこの道を持ち帰られました。— その御足跡みあしあとは、今もなお、ひとつの大きな冒険のように響いてまいります。

マーク・ホサック博士はかせ真言密教みっきょう
大
真言密教みっきょう
大日如来だいにちにょらい — 宇宙の仏。

真言の中心にいらっしゃる大日如来。すべてを包む意識、あらゆるものはその御身。— このまなざしが、日々の実践にもたらす静かな響きについて。

マーク・ホサック博士はかせ真言密教みっきょう
金
真言密教みっきょう
金剛薩埵こんごうさった — 金剛の菩薩ぼさつ。

金剛薩埵(ヴァジュラサットヴァ)は、清きよめと伝授の菩薩でいらっしゃいます。— その実践は、深く絡からまれた習慣しゅうかんを解き、新たな道をひらいてくださる、そんな働きを宿しているのかもしれません。

マーク・ホサック博士はかせ真言密教みっきょう
行
真言密教みっきょう
日々の暮らしの中の、仏教的ぶっきょうてきな実践。

密教は、博物館に置かれたものではございません。今も息づく実践として、暮らしの中に静かに根を下ろしてまいります。— そのささやかな手立てを、ご一緒に。

マーク・ホサック博士はかせ真言密教みっきょう
月
真言密教みっきょう
月輪観がちりんかん — 月のしずかな観想。

真言密教における中心的な観想の一つでございます。月輪は、自らの心を映す静しずかな鏡 — 清きよく、澄すみ、まどかでございます。

マーク・ホサック博士はかせ真言密教みっきょう
曼
霊気象徴しょうちょう
曼荼羅と霊気。

真言の両界曼荼羅は、心の地図 — 霊気の象徴しょうちょうや諸尊しょそんが静かに置かれる場所を、そっと指し示してくださいます。

マーク・ホサック博士はかせ霊気象徴しょうちょう
実践からの声

道をご一緒される方々 —
真言の知恵ちえについて。

個人の体験たいけんでございます。 それぞれのお声は、お一人おひとりの体験たいけんから生まれたものでございます。 結果は、これまでの歩み、心のひらき、暮らしの状況など、さまざまな要因によって異なる場合がございます。 霊気のセッションや霊的れいてきな実践は、医療いりょう行為や心理しんり療法の代わりとなるものではございません。

「マーク・ホサック博士はかせと歩む道は、仏教ぶっきょうの知恵に出逢い、それを日々の暮らしの中に活かしてゆくのに、とても深い力をくださいました。家族かぞくも友人も、真言霊気れいきのなかで重ねた体験を、皆ありがたく受けとめております。」

ルネ・S 様
道をご一緒される方 · 仏教と日々の暮らし

「霊気、シャーマニズム、そして本物の真言密教みっきょうを深く辿る道として、ドイツでは他に得難い、確かな学びの場でございます。— 内なる知恵ちえの宝たからにまで、静かに導いてくださいます。」

マルクス・B 様
道をご一緒される方 · 深く辿る道
さらなる実践からの声へ →
次の一歩
不動明王 · ゆるがぬ知恵 · 真言の実践
不動明王ふどうみょうおう · ゆるがぬ光の王

密教みっきょうを、
知るだけでなく、体感たいかんしてまいる。

真言の道は、理論りろんのうちにとどまる道ではございません。伝授でんじゅを受け、観想を重ね、諸尊しょそんと直に出逢ってゆくなかで、ひそやかに息づいてまいります。— 真言霊気れいきでは、この道がどなたにも、静かに開かれております。

よくいただくご質問

FAQ

真言密教みっきょうとは何でしょうか。▸
真言(しんごん、「真の言葉」)は、九世紀に弘法大師こうぼうだいし・空海が唐より日本にもたらされた密教の一派でございます。真言密教は、身・口・意の三密さんみつ — 印(身のしるし)・真言(口のしるし)・観想と曼荼羅(意のしるし)— をひとつの行として、この世のうちに直接の目覚めを開く道として歩んでまいります。
真言密教みっきょうと霊気には、どのようなつながりがあるのでしょうか。▸
霊気(れいき)の根は、真言密教、修験道、神道、シャーマニズム的な道教という、日本に深く息づく密の伝統に支えられております。臼井甕男うすいみかお先生は、これらの伝統に親しまれていらっしゃいました。霊気の象徴しょうちょう(シンボル)は、真言密教において今も生き続ける悉曇しったん文字に由来いたします。真言霊気れいきでは、この本来のつながりを再びひとつにし、日々の実践のなかに息づかせてまいります。
空海とは、どのような方でいらっしゃったのでしょうか。▸
空海(774–835)、後に「弘法大師こうぼうだいし」(伝統の偉大なる師)と謚おくりなされた方は、日本における真言宗の祖でいらっしゃいます。九世紀の初め、唐に渡り、密教の完全かんぜんな伝授を受けて、日本に持ち帰られました。高野山こうやさんに開かれた金剛峰寺こんごうぶじは、千二百年余りにわたり、真言密教の中心として今も静かに息づいております。
真言密教みっきょうは、他の仏教の流れとどのように異ことなるのでしょうか。▸
真言密教みっきょうは、密みつ(秘ひ)の教えに連つらなる流ながれでございます。悟さとりは、幾度いくたびの生うまれ変かわりを経へて遠とおく求もとめるものではなく、この身みこのまま直接ちょくせつ体験たいけんされ得うるものとして説とかれます。三密さんみつ ― 印いん・真言・曼荼羅まんだら ― の行ぎょうを通つうじて、行者ぎょうじゃは宇宙うちゅうの仏である大日如来だいにちにょらいとの直接ちょくせつの結むすびを開ひらいてまいります。禅ぜんや浄土じょうどの各派は、また別の重きを置く道を歩あゆまれます。
三密さんみつとは何でしょうか。▸
三密さんみつとは、身みの密みつ(印いんという聖せいなる仕草しぐさ)、口くの密みつ(真言という聖せいなる響ひびき)、意いの密みつ(曼荼羅まんだらという聖せいなる像すがた)でございます。三つが一つに整ととのうとき、行者ぎょうじゃは仏のお姿すがたの鏡かがみとなります ― 身・口・意が、悟さとりのまことと一つに溶とけ合あってまいります。
大日如来だいにちにょらいとは、どのような仏でいらっしゃいますのでしょうか。▸
大日如来だいにちにょらいは、真言密教みっきょうの宇宙うちゅう仏でいらっしゃいます ― 「大おおいなる日ひ」の仏という意味いみでございます。多おおくの仏のなかのお一人ではなく、すべての現あらわれの背後はいごにある、まことそのものとして説とかれてまいります。あるものはすべて大日如来だいにちにょらいの現あらわれであり、真言霊気れいきの実践は、この洞察どうさつを生きた体験たいけんとして開ひらいてまいります。
日本国外にほんこくがいにも真言宗しゅうの寺院じいんはあるのでしょうか。▸
数かずは限かぎられております。真言密教みっきょうの本来ほんらいの中心ちゅうしんは、今も高野山こうやさんでございます。ヨーロッパには公式こうしきの真言寺院じいんはございませんが、この伝統と結むすびついた生きた実践じっせんのお仲間なかまは静しずかに息いきづいております ― 京都きょうとでの三年間さんねんかんの研鑽けんさんと実践を経へて、真言の道みちを独語圏どくごけんへお運はこびになったマーク・ホサック博士はかせのもとに集つどう方々かたがたなど、その一つでございます。
真言という言葉ことばには、どのような意味いみがあるのでしょうか。▸
真言(しんごん)とは、「真の言葉ことば」という意味いみでございます ― 梵語ぼんごのマントラを、そのままにお訳やくしした言葉ことばでございます。流派りゅうはそのものが、真言の響ひびきをお名なに宿やどしております。聖せいなる音節おんせつのお力が、ことに丁寧ていねいに生きられている流派りゅうはでございます。
さらに深く

真言の世界せかいへ。

真言の世界せかいは広ひろく ― 仏たち、実践じっせん、山々、儀礼ぎれい。歩あゆみ入いっていただける記事きじを、ここに集あつめてございます。

空海・弘法大師
真言密教みっきょうの祖その物語ものがたり。
高野山こうやさん
聖せいなる山 ― 真言密教みっきょうの心こころ。
大日如来だいにちにょらい
すべての実践じっせんの中心ちゅうしんに在す宇宙うちゅう仏。
薬師如来やくしにょらい
癒いやしの実践じっせんを司つかさどる仏。
観音
慈悲じひの菩薩ぼさつ。
不動明王ふどうみょうおう
動うごかざる方 ― 明晰めいせきの師し。
護摩ごまの火ひ
真言の清きよめの儀礼ぎれい。
悉曇しったん
真言が生きる聖せいなる文字もじ。
仏教の実践じっせん
日常にちじょうのなかの道のすがた。
仏壇
家庭かていのうちの聖せいなる場所ばしょ。
臼井と修験道しゅげんどう
霊気の祖そが歩あゆんだ山岳の道。
鞍馬
臼井先生が霊気を受うけられた山。
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マーク・ホサック博士はかせ
日本学博士 · 真言密教みっきょうの研究けんきゅう者・実践じっせん者 · 真言霊気れいきの創始そうし者

マーク・ホサックは、ハイデルベルク大学にて、霊気と九字切くじきりの源流について博士はかせ論文を著しました。京都の寺院にて三年間にわたり修おさめ、四国八十八ヶ所しこくはちじゅうはっかしょの巡礼じゅんれいを徒歩とほにて結願けちがんいたしました。『霊気象徴しょうちょう大全』(Das Große Buch der Reiki-Symbole)の著者ちょしゃでもございます。— 真言霊気れいきを、二十五年以上にわたり静かに伝つたえてまいりました。

マークについて、さらに → 著書 →