瞑想をご希望でいらっしゃいます。おすわりになります。三分でお身体のあちこちが痛みはじめてまいります ― お背、膝、お腰。お身体がお抗いになるので、お心が静かになりません。お馴染みでいらっしゃいますか。それなら、おひとりではございません。なによりも ― 何も間違えていらっしゃいません。足りないのは正しい姿勢だけでございます。
日本のお伝えのなかで、おすわりの姿勢は添えのお場ではございません。すべてのはじまりでございます。お呼吸をお導きになる前に、お真言を唱えになる前に、内なる何かに触れになる前に ― おすわりになります。そしてどのようにおすわりになるかが、お身体がお支えになるか、おさまたげになるかをお決めになります。御文字の坐 ― 坐(ざ) ― は「すわる」を意味します。坐禅にも、結跏趺坐にも、静けさで始まるすべてのご実践のなかにございます。
ここから、どのような姿勢があるか、ご自身に合うお姿をどのようにお見つけになるか ― そして、お手とお呼吸で本当に大切なところを御知りになります。

六つのおすわりの姿勢 坐法
ただひとつの正しい姿勢はございません。ご自身のお身体に ― いま、この瞬間に ― 合うお姿がございます。日本のお寺では、お座蒲のうえで、板のうえで、床のうえでおすわりになる方がいらっしゃいます。形が大切なのではございません。大切なのは ― 背すじが真っすぐ、お肩がお緩み、お顎が軽くお引きになる、ということでございます。あとは合わせのお話でございます。
1. お椅子もしくはお腰掛け。 もっとも近づきやすいお姿 ― そして働きにおいて劣られることもございません。お椅子の前端におすわりになり、お背すじを立てになり、背もたれにはお寄りになりません。お足は肩幅に床にお置きになり、お足の裏を完全にお置きになります。お骨盤を軽く前へお傾けになりますと、背すじは自ら立ちあがります。日本では、お御僧のなかでも膝のお都合がおありになる方は、お椅子におすわりになります。弱さのしるしではございません ― 聡明のしるしでございます。
2. 正座 ― お踵のおすわり。 正座(せいざ)は古典の日本のおすわりのお姿でございます ― お踵のうえに膝立ちで、お背すじを真っすぐに。お座蒲もしくは正座のお板を御お尻とお踵のあいだにお置きになりますと、膝のお関節がずいぶんお楽になります。正座のなかでお身体は自然に軸のうえへとお立ちあがります。
3. 胡坐(あぐら)。 お足を軽くお組みに、膝はお腰の下あたりに。高めのお座蒲がお骨盤を前へとお傾けになるお支えになり、背すじが力づくでなく真っすぐに保たれます。胡坐は結跏趺坐のお柔らかさをまだお持ちでない方のためのよきお入口でございます ― そして、すべてのご実践に充分でございます。
4. 半跏趺坐(はんかふざ)。 一方のお足が反対側のふとももにのり、もう一方は床にとどまります。胡坐より安定し、結跏趺坐ほどおきびしくはございません。多くの修行者の方は、ご生涯ずっと半跏趺坐におすわりでいらっしゃいます ― それでよろしゅうございます。
5. 結跏趺坐 ― 蓮華座。 蓮華座(れんげざ)でございます ― お両方のお足が反対側のふとももにのります。すべてのおすわりの姿のなかでもっとも安定しております ― お骨盤と膝の三角形がお身体を三脚のようにお支えになります。真言のお伝えのなかで、このお姿は「蓮華のお御座」と申し上げられます ― お仏がお描かれるおすわりのお姿でございます。けれども、お気をつけになって ― お強いになりません。お腰のひらきは幾年もかかることがございます。お強いになる方は、膝をお痛めになります。
6. お横になる、お立ちになる、お歩きになる。 瞑想はおすわりだけにはとどまりません。お横のなかで(お背中を平らに、お腕はお身体のわきに)奥深い緩みが立ちあがれます ― お覚めのままでいらっしゃるのが難しいことが挑みでございます。お立ちのなかで ― お足は肩幅、膝を軽くお曲げに、お腕はお腹の前にお球のように ― 気功のお伝えが幾千年もご実践されてまいりました。そして経行(きんひん)経行 ― お歩きの瞑想 ― では、一歩がお呼吸と結ばれます。一歩、一呼吸。ゆっくりと。意識をもって。息づくお歩きでございます。

お手とお呼吸 ― 静かな鍵 息
おすわりはお整いになりました。いまお手のお順でございます。瞑想には三つの根もとのお手のお置きがございまして、どなたでもすぐにお用いになれます ― 伝授も、まえもってのご知識も必要ございません。
お手をふとももの上に。 お手のひらを下に、膝もしくはふとももにお置きになります。お大地とのおむすび。お心がお静かになります。初めにも、お心がいつになくそわそわなさるときにも、よろしゅうございます。
お手をお腹のお前に。 お両のお手のひらをお重ねになり、おへその下 ― 丹田(たんでん)丹田 ― にお置きになります。このお置きは、お注意をお身体の中心へ ― 日本のお伝えでお力のお源がおいでになるお場へ ― とお導きになります。お手のお下にお呼吸をお感じになります。お腹がお持ちあがり、また沈むのをお感じになります。それだけですでに瞑想でいらっしゃいます。
お手をお重ねになる。 左のお手が右のお手のなかに休まれ、親指の先が軽く触れあいます。古典の坐禅のお姿(法界定印(ほっかいじょういん)法界定印)で、お手をお椀のお形にお組みになります ― 静けさのお器でございます。このお置きは神経のお働きに静かにお知らせになります ― お計らいなく。お掴みなく。ただいらっしゃるばかりでございます。
これらのほかに、日本のお伝えにはお印 ― ご実践のお手の御印 ― がたくさんございます。けれども、これらは伝授のお枠のなかでお伝えされ、お伝えのなかでこそご実践されます。
そしてお呼吸でございます。お鼻からお吸いになります。お息をお腹のなかへとお沈めになります ― お胸のなかではございません。お腹のお呼吸でございます。お吸いになるたびにお腹のお皮が前へとお膨らみになるのをお感じになります。お吐きになるたびに、また戻るのをお感じになります。お力づくにならず、お強いの調べになりません。お離しになるとお起こりになることを御覧になります。真言霊気のご実践のなかで、このお腹のお呼吸はすべての奥のお呼吸の根もとになります ― お身体とお心をとくべつな仕方でおむすびになる108呼吸の瞑想のような。
正しい姿勢は、おすわりであることをお忘れになるお姿でございます。 背すじが真っすぐ、お肩がお緩み、お顎が軽くお引きに。お手は静かに。お呼吸はお腹に。それ以外のすべて ― 結跏趺坐、正座、お椅子 ― はお道具でございます。ご自身のお身体に合うお道具をお選びになります。一番立派にお見えになるものではございません。
よくあるお誤り ― そして、お避けになるお仕方 注意
低くおすわりすぎになる。 膝がお腰よりお高くなりますと、お骨盤が後ろにお傾き、下のお背中が丸くなり、十分も経たずにあちこちが痛みはじめます。お解き方 ― より高めのお座蒲、瞑想のお板、または畳んだお手ぬぐいをお尻のお下に。お腰は常に膝より少し上でございます。
お肩をお引き上げになる。 ストレスはお肩にとどまります。瞑想を始めになる前に、お肩を一度意識的にお耳のほうへお引きあげになり ― それからお落としになります。三回くり返しになります。違いをお感じになります。ご実践のなかでも、お肩がお上に登っていらっしゃらないか、何度もお確かめになります。ほぼいつもそうなさいます。
結跏趺坐をお強いになる。 結跏趺坐はお目当てではございません。おひとつの可能性でございます。お強いになる方は、膝の内側にお傷を残すおそれがございます。ひらきはお腰からまいります、膝からではございません。そして、それぞれのお時でまいります ― 幾月かのこと、幾年のこと、お一生こない御方もいらっしゃいます。それは大切ではございません。ご実践の奥行きはお足のお置きでお決まりにはなりません。
多くを望みすぎになる。 はじめての日に二十分の静けさをお望みでいらっしゃいますか。志高うございます。五分でお始めになります。七分。十分。お身体は静かにすわるのに慣れるお時間が必要でいらっしゃいます。お心はもっと必要でございます。日本のお伝えではこう申し上げられます ― 毎日少しずつ。日々是好日 ― 日々これ好日でございます。三分しかおできにならなかった日にも、でございます。

姿勢が働き以上のものでいらっしゃる理由 道
西洋のお世のなかで、おすわりの姿勢はしばしば働きのお話としておあつかいになります ― どうすれば静かにすわれるくらいに楽でいられるか、というお話でございます。誤りではございません。けれども、それだけではございません。
真言のお伝えのなかで、おすわりの姿勢そのものがすでにご実践でございます。お身体が器になります。真っすぐな背すじが道になります。お腹のなかへとお沈みになるお呼吸が、丹田をお養いになります。お手 ― 膝のうえでも、お印のなかでも ― がお身体とお心をおむすびになる循環を閉じになります。
日本のお寺で姿勢にこれほどの重きが置かれる理由でございます。おきびしさからではございません。姿勢そのものがすでに働きはじめになるからでございます。真っすぐおすわりになり、意識的にお呼吸になる方は、「お術」がお始まりになる前に、すでに状態をお変えになります。姿勢は瞑想へのお備えではございません。瞑想そのもののはじめの一歩でございます。
瞑想のご実践により奥へとお進みになりたい方には、月輪観の瞑想のなかに真言のお伝えの力づよいご観想がございます。そして、お道のうえで抵抗 ― そわそわ、疑い、つまらなさ ― にお会いになりましたら、瞑想の九つの抵抗の記事が誠のお伴でいらっしゃいます。