チャクラは、霊性の世界において、もっともよく知られた言葉のひとつでございます。— お身体を貫く七つのお力の中心。— 根のチャクラから、頂のチャクラまで。— 西洋の霊気の場では、チャクラはしばしば鮮やかな色をまとって、背骨に沿った虹のように描かれてまいります。— その絵姿は、美しいのでございます。けれども、その奥には、もっと深く、もっと古く、そして、思いがけぬほどに豊かなお話が静かに息づいております。
お身体のなかのお力の中心という考えは、インドだけのものではございません。— 多くの伝統のなかに、それぞれの形をもって息づいてまいりました。— そして、日本にも、それは独自の姿を持っております。真言密教では、千年余りにわたり、五輪 五輪(ごりん)— 五つの輪、五つの大元素 — と共にお働きいただいてまいりました。— 五つの輪が、お身体のうえに曼荼羅として映し出されてまいります。— それぞれの元素には、悉曇のお文字がございます。— それぞれのお文字には、お身体の中の場所がございます。— そして、それぞれの場所は、ひとつの門でございます。

「チャクラ」とは、どのような意味なのでしょうかチャクラ
チャクラ は、サンスクリットのお言葉で、「輪」「環」を意味してまいります。— こまやかなお身体の中で、お力の道(ナーディー)が交わってまいる渦を表します。— インドのタントラ — 特にハタヨーガ — の伝統では、これらの輪は、結びの節として記されてまいりました。— プラーナ(いのちのお力)が集まり、変わり、放たれてまいる節でございます。
もっとも知られたお姿では、七つの主たるチャクラが挙げられてまいります。— ムーラーダーラ(根)、スヴァーディシュターナ(仙)、マニプーラ(太陽の叢)、アナーハタ(心)、ヴィシュッダ(喉)、アージュニャー(眉間)、サハスラーラ(頂)。— 西洋に渡ったとき、これらに色や、石や、祈りの言葉や、さまざまな当てはめが付け足されてまいりました。— その一部は伝統の中に根を持ち、— 多くは近代に新しく作られたものでございます。
よく見過ごされてまいりますことに、— インドのチャクラの伝統は、ひとつの形ではないのでございます。— お経本や流派や時代によって、その数はかなり違ってまいります。— 五つ、六つ、九つ、十一、二十一など、さまざまな体系がございます。— 七つの体系は、その中のひとつにすぎず、— 西洋でその姿が広く知られたのは、二十世紀のひとつのお書のお力によるものでございます。
日本の体系 — チャクラではなく、五輪五輪
— 五(ご) — 五。輪(りん) — 輪、環、まる。— 文字通りには、「五つの輪」。真言密教において、五輪とは、五つの大元素(五大 五大) — 地・水・火・風・空 — を表します。— それぞれの元素には、お身体の中の場所、悉曇のお文字、お色がございます。
五輪の体系は、インドのチャクラの体系と同じものではございません。— けれども、深いご縁でつながっております。— どちらも、同じタントラの根を共に持っております。— すなわち、人のお身体は小宇宙であり、宇宙の姿を映す、というお見方でございます。— インドではそれが、チャクラとナーディーの体系となってまいりました。— 日本では、中国の密教を経て、空海さまの真言宗のなかで、五輪 — 体の曼荼羅 — として育ってまいりました。
大切な違いがございます。— 五輪の体系では、七つのお力の中心が前に立つのではございません。— 五つの元素が、お身体まるごとを貫いてまいります。— それぞれの元素は、ただの一点ではなく、ひとつの区域であり、ひとつの原理であり、ひとつの振れでございます。— そして、それぞれの元素には、ひとつの悉曇のお文字が添えられ、瞑想のなかで、お身体のうえに映し出されてまいります。
五つの元素と、それぞれの悉曇梵字
覚鑁さま、真言の伝統の大いなる改め手であられた方は、十二世紀に五輪九字明秘密釈をお記しになりました。— 「五つの輪と九つのお文字、その密のひもとき」のお書でございます。— このお書のなかで、覚鑁さまは、五つの悉曇を、お身体の五つの区域と、内のお臓と、結びつけていらっしゃいます。— その結果、ひとつの完全なお力の営みの体系が、— 西洋が「チャクラ」というお言葉に出逢うよりも九百年も前に、— 静かに記されてまいりました。
地 · 地 地
固さ、安定、骨と肉。土台でございます。— 五輪の体系では、地はもっとも下の輪。— お身体を支えてまいるお力。— 悉曇のアは、もっとも遍き音でもあり、— 始まり、まだ生じざるものを表します。
水 · 水 水
流れ、添うこと、お水のお柔らかさ。血、滋い、流れるすべて。— お身体の区域は下のお腹を含み、— 日本の伝統が腹として大切にしてまいる場所でございます。— ここに、いのちのお力が静かに溜まってまいります。
火 · 火 火
変わり、消化、内のあたたかさ。— 太陽の叢と消化のお臓のあたり。— 真言の伝統では、火は変えてまいるお力でございます。— 護摩(護摩法)の炎のなかにも、その同じお力が現れてまいります。
風 · 風 風
動き、お息、広がり。— 心臓と肺の区域。— お息が流れ通うところでございます。— 風は、お話、脈、いのちの調べの元素でございます。
空 · 空 空
空、広やかさ、気づき。— 第五の元素は、頭の中の区域を包んでまいります。— 真言密教において、空は「無」ではなく、すべてが生まれてまいる土台でございます。— あらゆることの潜める力でございます。
これら五つの元素が共に集まって、— 五輪曼荼羅 五輪曼荼羅(ごりんまんだら)— 体の曼荼羅 — を形作ってまいります。— 瞑想のなかで、五つの悉曇は、それぞれのお身体の区域へと映し出されてまいります。— 行ずる方は、生きた曼荼羅となり、— 小宇宙と大宇宙が、ひとつになってまいります。

真言霊気における七つのチャクラと悉曇七
真言霊気では、両方の体系を共にお抱きしてまいります。— インドの七つのチャクラと、日本の五輪と。— マーク・ホサック博士の研究と実践のなかで、橋がひとつそっと架けられてまいりました。— それぞれの七つのお力の中心に、独自の悉曇のお文字が添えられ、— 瞑想のなかで観じられ、真言を通じてひらかれてまいります。
この対応は、気まぐれな取り合わせではございません。— 真言の伝統の歴史のお書に根ざしてまいります。— その中で、ある仏さまや菩薩さまが、ある身体の区域に当てはめられてまいります。— そして、それぞれの仏さまには、それぞれの悉曇がございます。— 真言霊気において心のチャクラと共におはたらきになるとき、ただ緑のお色をご観想なさるのではございません。— その中心に応じる仏さまの悉曇のお文字を、目の中にそっと観じられます。— その仏さまの真言をお唱えになります。— その仏さまの印をお結びになります。— 三密 — 身、口、意 — が、ひとつのお力の中心の上に、共に向けられてまいります。
西洋の霊気では、チャクラはお色の点として取り扱われてまいります。— 真言霊気では、それは仏さまへの門として取り扱われてまいります。— ひとつのチャクラが、ひとつの儀礼となってまいります。— ひとつのお力の中心に、お顔があり、響きがあり、しるしがございます。— これは、緩みのお稽古としてのチャクラ瞑想と、— 千二百年の伝授の系譜のなかでのチャクラの実践との、— 違いでございます。
五輪塔 — お身体としての塔五輪塔
日本の墓地を訪ねられた方は、いたるところでそのお姿をご覧になられたかもしれません。— 五輪塔 五輪塔(ごりんとう)。— 五つの石が、ひとつのうえにひとつ、と積み上げられております。— 立方(地)、球(水)、三角錐(火)、半球(風)、蓮のつぼみ(空)。— それぞれの石には、悉曇のお文字が静かに刻まれております。
五輪塔は、お墓地だけにいらっしゃるのではございません。— 聖なる場所のしるしとして立ち、お遍路の道に並び、お寺のお庭にもおいでになります。— 五輪塔は、瞑想のなかで体の曼荼羅として体験されるものを、立体としてお表しになるものでございます。— お身体は塔。聖なる場所。お寺。— お身体は、たましいを収める器ではなく、— 宇宙が現れてまいる曼荼羅でございます。
覚鑁さまのお書のなかで、この結びは明らかに記されております。— 五つの悉曇が五つの身体の区域にあり、お臓を支え、お命を養ってまいるとされております。— これは、譬えではございません。— 十二世紀から真言の伝統の中で受け継がれてまいる実践指南書であり、— 真言霊気のなかで、今も生きて息づいております。
腹 — 西洋が忘れてしまった中心腹
西洋のチャクラの絵姿では、「仙のチャクラ」が下のお腹に置かれ、— そこにお橙色と、「創造と性」のお言葉が当てはめられてまいります。— 日本では、この区域はそれよりはるかに大切な意味を持っております。— 腹 腹(はら)と申されまして、— すべての中心でございます。
禅では、丹田 丹田(たんでん) — 「霊薬のお畑」、— お臍より指三つほど下のお場所 — というお言葉がございます。— 武の道では、腹はすべての動きの錨でございます。— お茶の湯では、腹からお座りになります。— お書では、お筆は腹から流れてまいります。— 日本の文化において、これより大切な考えは、ほかに見つけにくいかもしれません。
真言霊気において、腹はお力が集まる場所でございます。— 浄心呼吸法のお息のなかで、— 悉曇の瞑想のなかで、— すべてのお働きのなかで。— 七つのチャクラの中の、ひとつのチャクラなのではございません。— 実践のすべての重心軸でございます。
霊気の実践のなかのチャクラ靈氣
どの霊気のお働きにおいても — 西洋でも、日本でも — お力の中心とのおはたらきは、大切な役を担っております。— お手は、しばしばチャクラに沿った場所に添えられてまいります。— けれども、その深みには、違いがございます。
西洋の霊気では、お手の場所は標準のお順序として受け取られてまいります。— 頭、額、喉、心、太陽の叢、下のお腹、根。— 真言霊気では、同じ場所が、ただのお力の中心としてではなく、宇宙の原理がそこに顕れてまいる場所として受け取られてまいります。— お手は「チャクラ」の上に置かれるのではなく、— ひとつの門のうえに置かれてまいります。— その門の奥に、仏さまがそっといらっしゃいます。
これによって、お働きのなかの感じ方が、根もとから変わってまいります。— 悉曇、真言、印と共にお働きいただく方は、お力の中心を、抽象のお色の点としてではなく、— 生きたお力として体験されてまいります。— それぞれに独自の気質、独自の質、独自のお気配がございます。
真言霊気では、それぞれのお力の中心に、三つの鍵がございます。— ひとつの悉曇のお文字、ひとつの真言、ひとつの印。— 三つを共に整えてまいるとき、お力の中心は、ただの手当てを越えた仕方でひらかれてまいります。— 三密 — 身・口・意 — は、それぞれの霊気のお働きを、ひとつの完全な儀礼の実践へと変えてまいります。