霊気れいきは日本から、東洋医学とうよういがく(中医学ちゅういがく)は中国からまいりました。けれども、ふたつは同じことを語っております ― 体の中を流ながれるお力ちからのこと。それを運はこぶ道筋みちすじのこと。滞とどこおるときと、静しずかに巡めぐるときのこと。言葉ことばはちがっても、その奥おくに息いきづく理ことわりは、驚おどろくほど近ちかうございます。

この章しょうでは、霊気と東洋医学の出会であうところ、共ともにしているところ、そして異ことなるところを、静しずかに辿たどってまいります。理屈りくつの比較ひかくのためではなく、ふたつの道みちをより深くお感かんじいただくお誘さそいとして。

橋の上で結ばれるふたり ― 霊気と東洋医学の出会い
橋はしのうえで結むすばれるふたつの道みち

気きと霊気れいき ― ひとつの文字もじ 氣

氣という文字は、ふたつの伝統でんとうの核かくに立たっております。中国ではチー(氣)、日本ではキ(氣)とお読よみいたします。意味いみは、命いのちのお力ちから、息吹いぶき、生いきるお力でございます。霊気の気は、まさにこの文字 ― そして靈(れい)、霊性れいせいのお力ちからと結むすばれております。

東洋医学において、気きは命いのちのすべての礎いしずえでございます。気きは経絡けいらく ― 經絡 ― を通とおって流ながれ、臓腑ぞうふを養やしないます。気が静しずかに巡めぐるとき、調和ちょうわが息いきづきます。滞とどこおるとき、偏かたよりが生うまれてまいります。

霊気の実践じっせんもまた、同じお力ちからとともに働はたらかせていただいております ― けれども、その入口いりぐちは異ことなります。東洋医学が鍼はり、灸きゅう、漢方かんぽう、指圧しあつを用もちいますのに対たいし、霊気は手てを通路つうろといたします。お力ちからは実践者じっせんしゃを通とおって受うけてくださる方へと流ながれます。操あやつるのではなく、導みちびかれて ― 志こころざしと感受かんじゅを通とおして。

気と霊気は、ふたつの異ことなるお力ではございません。同おなじお力を、ふたつの文化ぶんかが永ながい歳月さいげつのあいだ互たがいに受うけあいながら語かたってきたのでございます。真言しんごん密教みっきょうは、ふたつをつなぐ橋はしでございます。 ― マーク・ホサック博士はかせ

経絡けいらくと霊気れいきの手てのかたち 經絡

霊気の手てのかたちは、ぐうぜんでは決けしてございません。その多くが、経絡けいらくの道筋みちすじのうえに、あるいは大切たいせつなつぼの近ちかくに置おかれております。頭あたま ― 多くの会かいのはじめに触ふれる場所ばしょでございますが ― は、幾いくつもの経絡けいらくが結むすばれる節目ふしめでございます。太陽神経叢たいようしんけいそうあたりも、胃いの経と、いくつかの大切たいせつなお力ちからの中心ちゅうしんが合流ごうりゅうするところでございます。

日本の伝統でんとうの中なかでは、この智慧ちえはぐうぜん備そなわったものではなく、礎いしずえそのものでございました。中国の医術いじゅつは、朝鮮ちょうせんを経へて、また直じかに中国から渡わたって来きて、6世紀せいきの頃ころから日本にほんの医いのあり方を育はぐくんでまいりました。臼井甕男うすいみかおがご自身の道みちを整ととのえてくださった頃ころ、経絡けいらくの智慧は、もはや異国いこくの特殊とくしゅな智慧ではなく、日本の暮くらしの中に静しずかに息いきづくものでございました。

真言霊気しんごんれいきでは、この結むすびを大切にいたしております。病腺びょうせんの感じ取りと、経絡けいらくの智慧ちえは、たがいに補い合います。お身体からだの巡めぐりをお感かんじいただくとき、結むすばれた経絡けいらくの智慧ちえが、その場所ばしょに何が起こっているのかを静しずかに映うつし出だしてまいります ― 診断しんだんのためではなく、気きづきのために。

五大ごだいと五行ごぎょう 五大

ふたつの伝統でんとうには、いずれも五いつつの根本こんぽんのお力ちからが息いきづいております。東洋医学では、五行ごぎょう ― 五行 ― 木もく・火か・土ど・金ごん・水すいでございます。自然しぜんと体のなかで、たがいに変かわってゆく循環じゅんかんをあらわします。

真言しんごん密教では、五大ごだい ― 五大 ― 地ち・水すい・火か・風ふう・空くうでございます。外そとの自然しぜんのみならず、人の身体からだを曼荼羅まんだらとして映うつし出だします。それぞれの大だいに、体のなかでの場所ばしょがあり、悉曇しったんの文字もじがあり、音おとと色いろがございます。

ふたつの体系たいけいは、まったく同じではございません ― けれども、遠とおい姉妹しまいのようでございます。いずれも、人を小ちいさな宇宙うちゅうとして仰あおぎ、お力ちからの巡めぐりと変かわり目めを大切たいせつにいたします。そして共ともに知しっております ― ひとつの大だいが滞とどこおるとき、すべての釣つり合あいが揺ゆらぐということを。

歴史れきしの背景はいけい

このつながりは、ぐうぜんではございません。8世紀に中国から日本へと渡わたってまいりました真言しんごん密教は、中国の気の智慧ちえを、儀礼と体の実践じっせんのなかへと静しずかに取とり込こんでまいりました。空海くうかい ― 真言しんごんの祖そ ― は中国で修おさめをなさり、お経きょうのみならず、中国とインドの智慧をひとつに結むすんだ体系たいけいを、お持もち帰かえりくださいました。

霊気と東洋医学のちがい 違い

もっとも大切たいせつなちがいは、入口いりぐちのあり方でございます。東洋医学は診みる道みちでございます ― 脈みゃくを診み、舌したを拝見はいけんし、お話はなしを伺うかがい、判断はんだんのうえで具体的ぐたいてきな処しょを選えらんでまいります。緻密ちみつで分析的ぶんせきてきな道でございます。

霊気れいきは、静しずかに感かんじる道みちでございます。実践者じっせんしゃは診断しんだんはいたしません。病腺びょうせんを通とおして、お身体からだの巡めぐりを感かんじ取り、必要ひつようなところへとお力ちからが流ながれるのに任まかせます。智慧ちえは実践者じっせんしゃのなかではなく、お力ちからのなかに息いきづいております。

これは矛盾むじゅんではございません。同じ真まことを、異ことなる視点してんから仰あおいだだけでございます。東洋医学は問といます ― 何が釣つり合あいを失うしなっているのか、いかにして戻もどすのか、と。霊気は問といます ― お力ちからはどこへ向むかいたいのか、いかにして道みちをひらくのか、と。両りょうの問といがいずれも真まことでございます。両りょうの道みちがいずれも、お身体からだとのより深い結むすびへとお導みちびきいたします。

実じつのところ、霊気と東洋医学はみごとに補おぎない合あうものでございます。実践者じっせんしゃのなかには、両りょうを結むすばれる方もいらっしゃいます ― 経絡の智慧でご自身の感かんじ取りに場ばを添そえ、霊気のお力ちからでその巡めぐりをお支ささえくださっております。互たがいに代かわるものではなく、添そえるものとして。

五戒 ― 臼井師の五つの生き方の原則 · マーク・ホサックの書
五戒ごかい · 生き方の原則 · マーク・ホサックの書しょ
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霊気の日本の源流げんりゅうへ

霊気、東洋医学、そして真言しんごん密教は、ひとつの歴史れきしを共ともにいたしております。日本の霊気が西洋せいようのかたちと、どのように異ことなるのかを、ひもといてまいりましょう。

日本の霊気と西洋 心の道