マーク・ホサックによる悉曇の書 ― 距離を越える音
悉曇しったん · マークのしょ · 距離きょりえるひび

ちから距離きょりえてはたらくことができるのでございましょうか。実践者じっせんしゃがハイデルベルクにいて、おけくださる方が東京にいらっしゃるとき、霊気れいきかいつのでございましょうか。霊気れいきの伝統では、おこたえはひとつでございます ― はい、と。そのために、独自どくじ象徴しょうちょうと、独自どくじのお名前なまえと、千年をえるおきが、ございます。

本者是正念ほんしゃぜしょうねんいつつの文字もじ、ひとつのみち 本者是正念

本者
是正念
いつつの文字もじが、ともに深いまことかたります。ほん 本 ― みなもともと、ほんのもの。しゃ 者 ― ものひと 是 ― まことまさしく、「そのとおり」。しょう 正 ― ただしい、まっすぐな。ねん 念 ― づき、おもい、瞑想めいそうわせて、「まことほんのものは、ただしいづきでございます」と。

まじないの言葉ことばではございません。仏の智慧ちえでございます ― こころただしいづきのなかにしずかにとどまるとき、それは距離きょりときしばられておりません。世界せかい反対はんたいがわの方とも、過去かこ瞬間しゅんかんとも、これからの可能性かのうせいとも、むすばれることがございます。物理ぶつり法則ほうそくやぶるからではなく、意識いしきがもとより物理ぶつり法則ほうそくのなかにのみおさまらないからでございます。

仏教のいしずえ 縁起

仏教には、すべてをえる智慧ちえがございます。縁起えんぎ 縁起たがいにささってまれることでございます。ひとって存在そんざいするものは、ひとつもございません。すべては、原因げんいん条件じょうけんあみのなかで、はじめもわりもなく、たがいにむすばれております。みずちたいしなみみ、そのなみみずのすべてにれます。やがて、ではなく、いまこのとき。

真言しんごんの伝統は、もうひとすすみます。大日如来だいにちにょらい曼荼羅まんだらのなかでは、すべてのいのち、すべてのほとけ、すべてのおちからたがいにむすばれております。曼荼羅まんだらではございません ― まことのすがたの地図ちずでございます。そのなかでは、まことのおかれはうございます。おかれは、かぎられた意識いしきからまれるかりのすがたでございます。実践者じっせんしゃ意識いしき瞑想めいそう真言しんごん象徴しょうちょうのおはたらきによってひろげるとき、そのむすびをじかにおかんじになることがございます。

はたらきの原理げんり

遠隔霊気えんかくれいきはおちからを「おくる」からはたらくのではございません。もとよりむすびがあるからこそ、はたらくのでございます。本者是正念の象徴しょうちょうは、はしけるのではなく、もとよりあるはししずかにあらわします。実践者じっせんしゃは、おかれのかりのすがたをしずかにのぞかれるのでございます。

遠隔のかいのおはこ実践

遠隔霊気えんかくれいきかいは、じかにおいするときと同じにはじまります ― おそなえから。実践者じっせんしゃはご自身をととのえ、霊気れいきのおちからむすばれ、象徴しょうちょうはたらかせます。そのうえで本者是正念がしるされ ― おけくださる方とのむすびがひらかれます。

この瞬間しゅんかんから、距離きょりはもはやかんわりがございません。実践者じっせんしゃはおけくださる方と、同じ部屋へやにいらっしゃるかのようにはたらかせていただきます。おちからうつろい、とどこおり、しずかにびかける場所ばしょかんじ取ります。なが稽古けいこかさねた実践者じっせんしゃのなかには、遠隔えんかくのときのほうがかえってこまやかにおかんじになる方もいらっしゃいます ― からだのお姿すがたがおかないことで、おちからのおかんじがしずかにあらわれるからでございます。

けくださる方は、そのかいおこなわれていることをごぞんじである必要ひつようはかならずしもございません ― けれども、とものおこくをおめいただくことには、意味いみがございます。おちから予約よやく必要ひつようだからではなく、おけくださる方のしずかなひらきが、はたらきを深めるからでございます。

日本の伝統における遠隔えんかくのおはたら遠隔

距離きょりえてのおはたらきは、日本にあたらしいことではなく、霊気れいきかぎられたものでもございません。真言しんごん密教では、そのにおいでにならない方のために、そうがおいのりをささげ、真言しんごんえ、いんむすび、悉曇しったんかんじる儀礼がございます。おちからはお場所ばしょかんわらず、おとどきするとされてまいりました。

修験道しゅげんどう山伏やまぶしの伝統 ― では、加持かじ 加持のおはたらきを距離きょりえておはこびになります。山伏やまぶしまもりのかみむすばれ、そのおちからをおけくださる方へとおみちびきいたします。日本の稲荷いなり神社じんじゃでは、いまもなお祈祷きとう 祈祷 ― おはなれになっておられる方のためのおいのりの儀礼 ― がございます。

遠隔霊気えんかくれいきはしたがって、あたらしい発明はつめいでも、しき例外れいがいでもございません。日本の霊性れいせいに深くづく原理げんりのひとつのかたち ― 意識いしきとおちからはおさかいをおちにならない、という原理げんりのひとつのお姿すがたでございます。

おくへ ― ときのひろがり 時空

本者是正念は、距離きょりのみをえるのではございません。ときのひろがりともはたらくことがございます。った瞬間しゅんかんへ霊気をおおくりすることもおできになります ― それをえるためではなく、その瞬間しゅんかんとのおむすびを変容へんようさせるために。きずいたみ、いまもしずかにひび瞬間しゅんかん ― そこへおちからながれ、ほどけてゆくがひらかれることがございます。

同じように、これからの状況じょうきょうへ霊気をおおくりすることもございます ― おい、お試験しけん、おたび。おちからはそのととのえてまいります。結果けっかあやつるのではなく、もっともふさわしいひらきをしずかにおささえするために。

仏教にはこのような言葉ことばがございます ― 過去かこ未来みらいは、いまこの瞬間しゅんかんのなかにのみいきづいている、と。本者是正念 ― ただしいづき ― は、その瞬間しゅんかんへのかぎでございます。そして、その瞬間しゅんかんのなかでは、すべてがれられるのかもしれません。 ― マーク・ホサック博士はかせ

遠隔霊気えんかくれいきへのよくあるおたず問答

伝授でんじゅ必要ひつようでございますか。はい。本者是正念の象徴しょうちょうは、霊気のだい二の段階だんかいでおけになります。伝授でんじゅのおはたらきがなければ、象徴しょうちょうをおはたらかせるお力のむすびがはぐくまれません。かたのみはえがけても、かなでるもののいない楽器がっきのままにしずかにとどまるのかもしれません。

遠隔霊気えんかくれいきは、じかのおかいと同じほどにはたらくのでございましょうか。多くの実践者じっせんしゃの方々は、おかんじの深さにかんじておられません。むしろ遠隔えんかくのときに、より深い体験たいけんがあったとおはなしくださる方もいらっしゃいます ― おちからのおかんじに意識いしきがよりしずかにけられるからでございます。おはたらきは距離きょりではなく、むすびのとおりと、実践者じっせんしゃのお稽古けいこのなかにいきづいております。

ご自身に遠隔霊気えんかくれいきをおおくりすることもできますでしょうか。はい ― ことに、過去かこのご自身、これからのご自身へ。これは本者是正念のもっとも深いおはたらきのひとつでございます。むずかしいことが起こった瞬間しゅんかんへ、これからの瞬間しゅんかんへ、おちからをおおくりすることができます。真言霊気しんごんれいきのお稽古けいこでは、これがしっかりとおはこびされてまいります。

けくださる方の同意どうい必要ひつようでございますか。ゆるしをおねがいすることが、れいにかない、意味いみのあることでございます。おちからはおけくださる方のご意識いしきかんわらずはたらくものではございますが、しずかなひらきとおそなえが、お体験たいけんを深めてまいります。の方の自由じゆうとうとぶことは、霊性れいせいのお稽古けいこすべてのいしずえでございます。

遠隔えんかくのお稽古けいこ

象徴しょうちょうじかにお体験たいけんされる

遠隔霊気えんかくれいきは霊気のだい二の段階だんかいいきづいております。象徴しょうちょう伝授でんじゅと、距離きょりときえておはたらかせいただくおちからを、しずかにおかんじくださいませ。

心の道 霊気の伝授でんじゅ