西洋では、アーカーシャ・クロニクは「宇宙の記憶」として知られております。— かつて存在したすべての知恵が蓄えられている場、として。— 神秘の世界のなかで、多くのことが語られてまいりました。— けれども、ほとんど問われずに来たことがございます。— このお考えは、どこから生まれたのでしょうか。— 東アジアの古い伝統のなかに、それに呼応するものはあるのでしょうか。
お答えは、はい、でございます。— そして、御名がございます。— 虚空蔵菩薩 虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ) — 限りなき虚空の菩薩さま。真言の伝統において、尽きせぬ知恵と、尽きせぬ慈悲をお守りくださる御方でいらっしゃいます。— 御名のうちに、お鍵がございます。— 虚空 虚空(こくう)とは、「空の場、虚空、エーテル」 — まさにサンスクリットの アーカーシャと申すものでございます。
アーカーシャと虚空 — 同じお言葉虚空
サンスクリットのお言葉アーカーシャとは、「場、エーテル」 — ほかの四元素のすべてに含まれる、第五の元素のことでございます。— ほかの四つが存在することを許す、場をお創るお力。— 場なくしては、火もございません。場なくしては、水もございません。— アーカーシャは、すべての根でいらっしゃいます。
仏教の典籍がインドより中国を経て八世紀に日本へとお渡りになったとき、アーカーシャは虚空 虚空(こくう)とお訳されてまいりました。— 「空(から)の場」。真言の伝統において、これが五つの大いなる元素の第五 — 空 空(くう)、すべてを含み、透き通す場 — となってまいったのでございます。
虚空蔵菩薩さまは、この場を体してくださる菩薩さまでいらっしゃいます。— その知恵は、「虚空のごとく限りなき」、— 虚空蔵 虚空蔵(こくうぞう)、文字どおり「空(から)の場のお蔵」でいらっしゃいます。— 場そのもののお姿ではなく、— その場のうちに宿る知恵への通路を、お許しくださる御方でいらっしゃいます。
空海さまと求聞持法求聞持法
空海さま — 真言宗の開祖 — は、お若い時に、ご生涯を変える修法をなさいました。— 求聞持法 求聞持法(ぐもんじほう)、「聞き持つ知恵を求める」修法でございます。— 行ずる方が、虚空蔵菩薩さまの真言を百万回お唱えになる、厳しい修法でございます。— 何週間、あるいは何ヶ月にもわたって、お独りで、しばしば山の上で、あるいは海辺の崖で。
空海さまは、この修法のうちに起こったことを、お記しになりました。— 明星 明星(みょうじょう、金星) が、空海さまの口の中にお飛び込みになった、と。— その瞬間、空海さまには、虚空蔵菩薩さまの限りなき知恵がひらかれた、と。— かつてご覧になったことのないサンスクリットのお経を、お解になることができました。— かつてお知りにならなかったことを、お記憶になることができました。
この体験は、空海さまのご生涯のお転機でございました。— このお導きにより、空海さまは唐へとお渡りになり、真言の完全なる伝授をお受けになりました。— そして、これが、西洋で「アーカーシャ・クロニクへの通路」と申されるものの背景でございます。— ただし、真言の伝統には抽象的な「通路」はございません。— 具体的な菩薩さまをお相手にお願いする、具体的な修法がございます。
アーカーシャ・クロニクの本来のお姿記録
西洋の神秘の理解のうちでは、アーカーシャ・クロニクはしばしば、宇宙の図書館のようにお描かれてまいります。— 「旅をして」、「情報を引き出す」場として。— これは、ひとつの譬えでございます。— そして、譬えにはどれも、限りがございます。
真言の伝統において、アーカーシャは場ではございません。— ひとつの性質でございます。— すべてを透き通す、限りなき場のお性質でいらっしゃいます。— 旅をしてそこへゆくのではなく、— その性質のために、ご自身がお開きになるのでございます。— その違いは、根本のものでございます。— 情報を引き出すことではなく、心をひらいてまいり、知恵が透き通るほどの場をお許しになることなのでございます。
虚空蔵菩薩さまは、この伝統において、本をお手渡しになる司書ではいらっしゃいません。— ご自身の心を、果てしなくお広げくださる御方でいらっしゃいます。— これまでに気づきのうちに入らなかったことを、お感じになれるほどに。— 虚空蔵さまの実践は、派手な「超能力」を育てるのではございません。— お受け取りになるお力を育ててまいります。— ふだんの心がお許すよりも、もっと多く聞き、もっと多く見、もっと多く解することのできるお力でございます。
虚空蔵菩薩さまは、真言霊気のうちでは、伝授のひとつでございます。— 心の道のなかで、また深めの催しのなかで、虚空蔵菩薩さまのお力に直の伝授をお受けになる機会がございます。— この伝授は、真言、印、観想 — 三密の完全な実践 — を含み、この性質への通路をひらいてまいります。
虚空蔵菩薩さまの実践実践
虚空蔵菩薩さまの実践は、その真言から始まってまいります。— ノウボウ アキャシャ キャラバヤ オン アリキャ マリ ボリ ソワカ。— この真言は、真言の伝統において千年余りにわたり唱えられてまいりました。— 高野山にて、京都の寺院にて、— そして、知恵と記憶をお求めになる方々のいらっしゃるすべてのところで。
日々の実践のうちに、瞑想の前にこの真言を唱えてまいることもできます。— 静けさにお入りになる前に、心をひろげるために。— 創造的なお働きの前に唱えてまいることもできます。— 論理を超えた洞察への通路を必要となさるとき。— あるいはただ、日々の実践として唱え続けてまいり、何週間、何ヶ月にもわたって、何が変わってまいるかをお見つめになることもできます。
多くの方が、虚空蔵菩薩さまへの伝授ののち、お感じ方がより広がるご体験をお分かちくださいます。— 派手ではないけれど、たしかにお感じになる形で。— ご夢がより鮮やかに。— ご直観がより鋭く。— これまで隠れていた繋がりが、ふと姿を現してまいる。— 何かを「お得になった」からではございません。— ご自身を、それに閉ざしておくことを、お休めになったからでございます。
