お一人の背中にお手を添えてみます。最初のいくらかの瞬間には、特別なものは感じられません ― ただのあたたかさ、布地の感触、息の動き。 けれど、しばらくして、お手のもとに何かが動きはじめます。 鼓動ではない、もう少し深いところの律のようなもの ― ある方は磁のような引きとして、ある方はぴりぴりとした感じとして、ある方は静かな振えとしてお感じになります。
日本の霊気の伝統のなかには、この現れにふさわしいお名前がございます ― 響き 響。 文字通り、共鳴、こだま、残るひびき。 そして、その響きを意識的にお感じになる道が、病腺 病腺でございます。 この二つは、霊気の実践のなかで最も古くから受け継がれてきたお考えのひとつであり、西洋では忘れられがちなものでもございます。

響きとは何でしょうか 響
響きは解釈ではございません。お肌に触れるあたたかさや、お顔に受ける風と同じくらい、直接のお感じでございます。 頭でお考えになるよりも先に、お手が何かをお感じになります。 分析の前にやってまいります ― お渡しになる方の気の身体と、お受けになる方の気の身体のあいだの、共鳴でございます。
初期の霊気のお実践 ― 臼井甕男とそのお弟子たちの時代には、響きが最も大切なお働きでございました。 医療の意味での診断ではございません。 ― お身体のなかの滞りはどこにあるのか、お力を必要とされている場はどこなのか。 お手が、頭がお問いを言葉にする前に、そのお答えをお渡ししてくださっていたのでございます。
病腺とは何でしょうか 病腺
響きが「お感じになる働き」そのものを指すのに対して、病腺はそのお感じになる場そのものを指します。 響きはこだまでございます。病腺はそのこだまの源でございます。 お実践のなかでは、両方の言葉が同じように使われることもございますが、その違いを知っておきますと、お分かりやすくなってまいります ― 響きをお感じになり、そのお感じになるものが病腺でございます。
病腺のお働き ― 五つの段階 五段階
日本の霊気の伝統のなかでは、お感じになる深さに五つの段階がございます。 ― それぞれが違うお働きなのではなく、同じお働きの違う深さでございます。 滞りが深くなりますほど、お手でのお感じも濃くなってまいります。
この五つの段階は、固い梯子ではございません。 ある場はすぐに段階4を示し、ある場はずっと段階1のままで留まります。 お感じはセッションのなかで変わってまいります ― 響きとして始まったものが温熱へと静まることがございます。それは滞りがほどけてきたお知らせでございます。 段階はあくまで道しるべでございます。規則ではございません。
なぜ西洋では忘れられたのか 西洋
1930年代から1940年代にかけて、霊気が日本から西洋へ渡ったとき、不思議なことが起こりました ― お手のお位置は受け継がれましたが、その背にあるお感じになる働きが失われていったのでございます。 西洋では、12から15のお手のお位置からなる固い形が標準になり、お一人お一人の違いに関わらず、お手がお感じになるものに関わらず、同じように当てられるようになりました。
日本の伝統では、ちょうど反対でございました。 お手のお位置は、はじめのうちのお支えにすぎませんでした ― 病腺のお感じが確かになるまで、お手をお導きくださるための道しるべでございました。 形そのものが目的であったことは一度もございません。 目的はいつも、形を離れて、お手のお感じになるものに導かれて働くことができるようになることでございました。
西洋の霊気では、お位置そのものが方法でございます。日本の伝統では、お感じになる働きが方法でございます。 お位置は、まだ一人で立てない間の支えのようなものでございます。真言霊気では、両方をともに大切にいたします ― お位置を土台として、そして病腺を、その土台からさらに育っていく道として。
病腺と三密 三密
真言のなかには、病腺をより大きな枠のなかに位置づけてくださるお考えがございます ― 三密 三密。 身、口、意。真言のすべての整った実践は、この三つを同時にお目覚めさせてまいります。
病腺のお働きでは、まさにそれが起こっております ― 身はお働きのなかにあり、お手はお感じになり、姿勢はまっすぐ、息は静かに流れます。 口は静かなお働き ― 内なる真言や静かなお整えが、お実践に添っていらっしゃいます。 意は目を覚ましておりますが、操っているのではございません ― 解釈することなく、ただ見守っております。 ― この三つが静かに整うとき、病腺のお感じが開かれてまいります。
多くの実践者が、瞑想のあとに病腺がよりはっきりお感じになるとお伝えくださいます。それはおかしなことではございません。 瞑想 ― とりわけ合掌瞑想と浄心呼吸法 ― は、病腺に必要な意のひらきを、静かに整えてくださるのでございます。 不思議なお力ではございません ― 練ることのできるお働きでございます。そして真言のお実践は、それを磨くお道でございます。

病腺を育てる 実践
病腺は、選ばれた方だけのものではございません。 お実践のなかで磨かれてゆくお感じでございます ― 音楽家が耳を育てるように、料理人が味を育てるように。 ― 必要なのは、毎日の霊気のお実践でございます。ご自身に、あるいはお互いに、毎日お手を添えていらっしゃる方は、お手の細やかさを磨いていらっしゃるのでございます。
真言霊気には、病腺のお感じを深めていく三つのお道がございます。 ひとつは 発霊法 ― 毎朝のお実践。気のお身体を清め、道をひらいてくださいます。 二つめは 合掌瞑想 ― お感じが整っていく、静けさのなかでのお実践。 そして三つめは、伝授そのもの ― 真言霊気のお伝えのなかで、それまで閉じていらっしゃったお感じの道が静かにひらかれてまいります。
大切なのは ― 頭でお考えにならず、お感じになることでございます。 病腺は意識の下でお働きになります。 ― 「これは段階2だろうか、3だろうか」と分析を始めますと、流れがそこで途切れてしまいます。 お感じは、お探しになることをお休みになると、静かにやってまいります。 真言の伝統のなかで多く語られていますように ― 手を放すこと、それが道でございます。