伝授でんじゅが距離きょりをこえてはたらく ― そう聞きくと、不思議ふしぎに感かんじられる方もいらっしゃるかもしれません。 けれど、霊気の実践じっせんを続つづけていらっしゃる方は、すでにそのお答こたえを携たずさえていらっしゃいます ― 遠隔えんかくの霊気は、たしかにはたらきます。 お力ちからは、お身体からだの近ちかさにではなく、志こころざしのなかにあるからでございます。 ― そして、もし遠隔えんかくのセッションがそのようにはたらくのであれば、遠隔えんかくの伝授でんじゅもまた、同じ道理どうりでお伝つたえになることができるのでございます。

この記事きじでは、真言霊気の遠隔えんかく伝授でんじゅがどのようにはたらくのか、なぜそれが新あたらしい発明はつめいではないのか、そして対面たいめんのイベントとどのように響ひびき合あうのかを、ご一緒に見みてまいります。 ― そして、お受うけになる方が具体的ぐたいてきに何を体験たいけんなさるのかも、ご案内いたします。

マーク・ホサック博士による悉曇のお筆 ― 響きのお伝え
悉曇しったん ・ マーク・ホサック ・ 響ひびきのお伝つたえ

なぜ遠隔えんかく伝授でんじゅがはたらくのか 遠隔

真言霊気には、遠隔えんかくのお働はたらきをお伝つたえする象徴しょうちょう 本者是正念 本者是正念ほんしゃぜしょうねん がございます。 文字通もじどおり「本もとは正ただしき念ねん」 ― この象徴しょうちょうは、空間くうかんと時間じかんの橋はしをかけるものでございます。 道具どうぐでもなく、たとえ話ばなしでもなく、千年以上にわたって真言宗しんごんしゅうの伝統でんとうのなかで受うけ継つがれてきた、生きた方法ほうほうでございます。

高野山こうやさんの真言しんごんのお坊様ぼうさまたちは、空海くうかいの時代じだいから、遠隔えんかくのお伝つたえのお働はたらきをご存じでございました。 密教みっきょうの実践じっせんのなかには 加持かじ 加持 ― 儀礼ぎれい、真言しんごん、志こころざしを通とおしてお力ちからをお伝つたえする道みちがございます。 加持かじは、お身体の近ちかさに縛しばられるものではございません。三密さんみつ ― 身しん、口く、意い ― が整ととのうとき、距離きょりはもう障さわりにはなりません。

「霊気は場所ばしょを知しりません。遠隔えんかくでお渡わたしになるとき、感かんじられます ― 百キロ離はなれた方に向けても、お手てはあたたかくなってまいります。遠隔えんかく伝授でんじゅでも同おなじ道理どうりでございます ― ただ、もう少すこし深ふかい場ばで。」 マーク・ホサック博士はかせ

とは申もうしても、遠隔えんかく伝授でんじゅと対面たいめんのイベントが「同おなじもの」というわけではございません。 ― それぞれ違ちがうかたちでございます。けれど、劣おとっているわけでもございません。 遠隔えんかく伝授でんじゅは、それ自身じしんの味あじわいをもったお伝つたえのかたちでございます。

遠隔えんかく伝授でんじゅはどのように進すすむのか 流れ

真言霊気の遠隔えんかく伝授でんじゅは、ご覧になるだけの動画どうがではございません。 ビデオ通話を通とおして、その瞬間しゅんかんに共ともに息いきづく、生きた儀礼ぎれいでございます ― 画面の向こうにマークかアイリーンがおります。 画面がめんの前にお一人でいらっしゃるのではなく、お身体の距離きょりをこえて広ひろがる、共ともの場ばのなかにいらっしゃるのでございます。

流ながれは対面たいめんのイベントと同おなじでございます ― お清きよめの乾浴けんよく、合掌がっしょうでのお整ととのえ、そしてお伝つたえそのもの。 真言しんごん、印いん、観想かんそうを伴ともなって、マークかアイリーンが儀礼ぎれいを進すすめてまいります。 お受うけになる方は、目めを静しずかに閉とじ、合掌がっしょうのお手で、お受うけになります。

意外いがいと多くの方がおっしゃるのは ― 体験たいけんがご想像そうぞうよりも深ふかかったということでございます。 集あつまりの気配けはいもなく、移動いどうもなく、余分よぶんな動うごきもないなかで、ご自身の真まん中なかにいらっしゃることができるのでございます。 お家うちでお整ととのえになる場ば ― 蝋燭ろうそく、静しずけさ、もしかしたらお香こう ― が、その瞬間しゅんかんのための、ご自身だけのお堂どうになってまいります。

大切たいせつなこと

遠隔えんかく伝授でんじゅは、対面たいめんのお出会であいに代かわるものではございません。 ご一緒に歩あゆむものでございます。真言霊気には、オンラインのイベントも対面たいめんのイベントもございます ― そして、多くの実践者じっせんしゃは、その両方をお歩あゆみになります。 遠隔えんかく伝授でんじゅが戸とを開ひらき、対面たいめんのイベントが出会であいを深ふかめてまいります ― それぞれに居場所いばしょがございます。

その背せにある伝統でんとう 伝統

遠隔えんかくのお伝つたえは、デジタルの時代じだいになって生うまれたものではございません。 真言しんごんの伝統でんとうのなかには、高野山こうやさんのお坊様ぼうさまたちが、何百キロも離はなれた方々へお恵めぐみやお守まもりをお送おくりになる儀礼ぎれいがございます。 加持祈祷かじきとう 加持祈祷 ― 儀礼ぎれいのかたちでの遠隔えんかくのお伝つたえ ― は、千年以上の歴史れきしを持もつ、整ととのった道みちでございます。

初期しょきの日本の霊気においても、遠隔えんかくのお働はたらきは当あたり前まえのことでございました。 遠隔治療法えんかくちりょうほう 遠隔治療法 ― 離はなれた場ばへ向ける方法ほうほう ― は、本来ほんらいのご実践じっせんの一部でございました。 「霊気にはお身体の近ちかさが必要ひつよう」というお考かんがえは、西洋せいようでの後あとのお考かんがえで、日本の伝統でんとうにはなじまないものなのでございます。

インターネットが付つけ加くわえたものは、遠隔えんかくのお働はたらきそのものではございません ― それは古ふるくからございました。 付つけ加くわわったのは、お互たがいに見みえ、お声こえを交かわし、ご一緒に実践じっせんできる、その新あたらしい枠わくでございます。 技術ぎじゅつが儀礼ぎれいに取とって代かわるのではなく、儀礼ぎれいのための新あたらしい器うつわになるのでございます。

お受うけになる方が体験たいけんなさるもの 体験

遠隔えんかく伝授でんじゅでの体験たいけんは、対面たいめんのイベントと同おなじほど、お一人お一人にとって違ちがうものでございます。 ある方はお手てやお身体からだ全体ぜんたいに深ふかいあたたかさをお感かんじになります。 ある方は色いろや映像えいぞうをご覧らんになります。 ある方はそれまで知しらなかった静しずけさのなかにいらっしゃいます。 ある方は最初さいしょはあまり感かんじられず ― 後あとの日々ひびのなかで、お力ちからがご自身のうちに馴染なじんでまいるのを、ゆっくりとお感かんじになるのかもしれません。

伝授でんじゅのあとには、21日の馴染なじみの期間きかんがございます。 この間あいだ、お受うけになった自己じこ実践じっせんを、毎日まいにちお続つづけになります。 お力ちからがご自身のうちに落おち着つき、新あたらしい気きづきの場ばがひらかれてまいります。 夢ゆめがいっそう鮮あざやかになった、お身体の感かんじが変かわった、内うちなる明あかりが増ましたと、お伝つたえくださる方もいらっしゃいます。

「『これまでの対面たいめんの体験たいけんのどれよりも、遠隔えんかく伝授でんじゅのほうが深ふかくお感かんじいたしました』とおっしゃる方がいらっしゃいます。不思議ふしぎなことではございません。ご自身の場ばの静しずけさのなかで、ご自身に近ちかくいらっしゃるのでございます。」 アイリーン・ヴィースマン

オンラインと対面たいめん ― どちらかではなく 両方

真言霊気では、遠隔えんかく伝授でんじゅと対面たいめんのイベントは競きそうものではございません。 ひとつの実践じっせんの二つのかたちでございます。 ある方はオンラインからおはじめになります ― 興味の芽生めばえのなかで、お近ちかくで対面たいめんのイベントがないとき、あるいはお家うちのお静しずかな場ばがよいときに。 ある方ははじめに対面たいめんのイベントにいらっしゃり、その後あとオンラインで道みちを深ふかめていらっしゃいます。

対面たいめんのイベントが添そえてくださるのは、集つどいのお力ちからでございます。 ご一緒に実践じっせんなさる方々が、お一人お一人を支ささえる場ばを結むすんでまいります。 お一人での体験たいけんより優すぐれているのではなく、違ちがうかたちでございます ― ソロの楽器がっきと合奏がっそうの違ちがいのように。どちらも音楽でございます。

真言霊気には、その両方の道みちがございます ― あえて、その両方が。 ご自身に合あった道みちとは、ご自身がお歩あゆみになる道みちでございます。 ほかの誰だれかが正ただしいとなさる道みちではございません。

マーク・ホサック博士による霊気のお筆 ― 靈氣
靈氣 ・ マークによる霊気のお筆ふで ・ お伝つたえは象徴しょうちょうに従したがい、距離きょりに従したがいません
静しずかなはじめの場ば

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オンラインでも対面たいめんでも ― 真言霊気の伝授でんじゅは定期的ていきてきに開ひらかれております。どの道みちがご自身の次つぎの一歩いっぽになるのか、ご一緒に見みつけてまいりましょう。

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