西洋せいよう霊気れいきにおいては、ほとんどわれることのないいがございます ― 臼井甕男うすいみかお先生せんせいはどの霊的伝統でんとうぞくしておられたのかという問いでございます。こたえは記録きろくのこっておりますが、いく十年じゅうねんにもわたって見過みすごされてまいりました。臼井先生は天台のかたでございました。かたわらに、文化的ぶんかてき所属しょぞくとしてではなく、日本のもっとも古く深い密教みっきょうながれの一つを実践される方として、でございます。

そして、まさにここから霊気のお話がはじまります ― ぼんやりとした「霊的な啓示けいじ」のなかにではなく、せん余年よねん歴史れきし具体的ぐたいてきな伝統のなかで。瞑想めいそう真言しんごん儀礼ぎれい、山岳行をふくむ伝統。臼井先生の決定的けっていてきなご体験の場 ― 鞍馬山くらまやま ― へと、まっすぐにみちびく伝統でございます。

鞍馬山の古き杉 ― 幾世紀もの神の場
鞍馬山の古きすぎ

天台仏教ぶっきょうとは何でございますか 天台宗

天台
天台 天台宗 ― 「てんみねのお宗」でございます。805年、最澄さいちょう大師だいし 最澄 が中国から帰国きこくのおりにおひらきになりました。最澄大師は中国ちゅうごく天台てんだいの伝統を日本にもたらされ、京都の比叡山ひえいざん 比叡山 にお寺をおきずきになりました ― 続く一千年せんねんのあいだ、日本の霊的な心臓しんぞうでありつづけた場でございます。

天台仏教はたんなる一つのお宗ではございません。大海たいかいでございます。そこにはともに流れ込むものがございます ― 法華経ほけきょう哲学てつがく台密たいみつの密教の儀礼、禅の瞑想、念仏ねんぶつの実践、修験道の山岳行、神道の要素ようそ。天台は、のちのほとんどすべての日本のお宗のははでございました ― 禅、浄土じょうど日蓮にちれんのすべてが、比叡山にざしておられます。

霊気を理解りかいするうえで、これは決定的けっていてきでございます。臼井先生が実践されましたものは、ただ一つの技法ぎほうではございません。天台のなかでいく世紀せいきにもわたってならび立ち、たがいにみあってまいりました、霊的な方法ほうほうすべてのでございました。

台密たいみつ ― 天台の密のめん 台密

西洋において、日本の密教はまずもって真言しんごん空海くうかい大師だいしのお宗 ― としてられております。けれども、天台のなかには独自どくじの密教の流れがございます ― 台密 台密、「天台のお宗の密のでんえ」でございます。

台密と真言密教みっきょうは多くをかちっております ― 曼荼羅まんだら、真言、印契いんげいしん三密さんみつ。けれども、台密はこれらの密の実践を法華経の哲学とむすびつけました ― すべての衆生しゅじょうがすでにさとりをうちっているという思想しそうと。くわえるべきものはない。道はすでにあるものをあらわにすることである、という思想しそうと。

中心の思い

台密はきます ― 宇宙の力はあなたのそとにはございません。すでにうちにあるのでございます。実践は「うち」と「そと」のさかいくことにございます。まさにこの原理が霊気の伝授でんじゅのなかにいきづいております ― 外からる力ではなく、あらわにされる力でございます。

天台の伝統に立つ方は、真言においても中心となるのと同じ要素をもちいられます ― 悉曇悉曇(瞑想の対象たいしょうとして)、曼荼羅まんだら(宇宙の秩序ちつじょうつす)、印契いんげい(身体を儀礼ぎれいに変える)、そして真言 ― 言霊ことだま として理解される、現実げんじつかたちづくる音 ― でございます。

法華経 ― 天台のいしずえ 法華

天台仏教の中心ちゅうしんには法華経 法華経 がございます ― 仏教の世界せかい全体ぜんたいにおいてもっとも影響力えいきょうりょくのある経典きょうてんのひとつでございます。その核心かくしんのおらせは大胆だいたんでございます ― あらゆる衆生しゅじょう例外れいがいなく、すでに仏性ぶっしょううちっております。これからそだてるべき潜在せんざいとしてではなく、あらわにされたいける現実げんじつとして。

この思想は実践におおきな結果けっかをもたらします。さとりが達成たっせいすべきなにかではなく、すでにおの姿すがたそのものであるならば ― すべての方向がわってまいります。努力どりょくのお話ではございません。ひらきのお話でございます。のぼりではなく、づきでございます。業績ぎょうせきではなく、もどりでございます。

霊気をご存じの方は、ここに馴染なじみのものをいだされます。霊気の力は「つくる」力ではございません。ながさせる力でございます。け取られるものであり、かせがれるものではございません。伝授でんじゅはすでにあったものをあらわにいたします。これは偶然ぐうぜんではございません。法華経の哲学が、ひとつの実践へとうつされたものでございます。

入我我入 ― 「かれが我にり、我が彼に入る」 入我我入

入我我入
入我我入にゅうががにゅう 入我我入 ― 文字どおり「かれが我に入り、我が彼に入る」でございます。つのが、密教のもっとも深い原理のひとつをあらわしております ― 実践なさる方と宇宙の力との合一でございます。二元にげんはもうございません。「おのはここに、力はそこに」ではなく、たがいにつらぬきあう一致でございます。

入我我入は天台台密においても真言密教においても実践される原理でございます。瞑想において、実践なさる方は宇宙の力 ― しばしば大日だいにち如来にょらい 大日如来、宇宙のほとけ ― がご自身にはいるのをかんじられます。同時に、ご自身も宇宙の力のなかへとられます。境がけてまいります。

これがまさに、霊気の伝授のなかでこることでございます。普遍ふへんの力が受け取られる方のなかに入ります。そして、受け取られる方が開け、力のなかへと入られます。さずける方もける方もない ― 合一がございます。境がえるからこそ、みちひらかれてまいるのでございます。

「入我我入は抽象的ちゅうしょうてきな哲学の概念がいねんではございません。きた実践でございます。日本の天台と真言のお寺において、わたくしがもっ体験たいけんしてまいりましたものでございます。そして、霊気のあらゆる伝授のなかにはたらく、まさにその原理でございます ― 人と宇宙の力との境の溶け合いでございます。」 マーク・ホサック博士はかせ

西洋せいようの霊気のでんえにおいて、この原理はあまりづけられません。「通路つうろになる」「おのひらく」「気を流れさせる」ともうします。それらすべてが入我我入をあらわしておりますが ― その源となる伝統の深さなくして。真言霊気においては、この結びが意識的いしきてきむすばれてまいります。実践がご自身のもどします。

鞍馬山 ― 天台の 鞍馬

多くの霊気の実践なさる方々が、鞍馬山を「臼井先生が開けのご体験をなさった場」としてご存じでございます。けれども、こう問われる方はわずかでございます ― 当時の鞍馬はどのような場であったのか。お答えはこうでございます ― 天台の場でございました。鞍馬山には天台のお寺がございました。そこで実践されましたお山の行は、天台と修験道のかたしたがっておりました。

現在げんざい鞍馬寺くらまでらは1949年より独自どくじのお宗 ― 鞍馬弘教くらまこうきょう ― に属しております。けれども、臼井先生のお時代、明治めいじすえから大正たいしょうのはじめにかけては、鞍馬は天台のあみのなかにございました。そこでおつとめをしておられたそうの方々は天台の僧侶そうりょでございました。そこでいとなまれた儀礼は天台の儀礼でございました。山の道で瞑想めいそうなさる行者ぎょうじゃの道は天台の道でございました。

これは意味いみいたします ― 臼井先生が鞍馬山に退しりぞかれて断食だんじきと瞑想をなさったとき、異例いれいなことをなさったわけではございません。一千年せんねんにわたって天台の伝統にられていた型にしたがわれたのでございます。山岳行 ― 自然のなかへの退しりぞき、断食、深い瞑想 ― は、天台においても修験道においても中心の要素でございます。臼井先生はどこかへおもむかれたのではございません。いく世紀せいきにもわたって、まさにそのような実践のためにもちいられた場へとおもむかれたのでございます。

最澄さいちょう空海くうかい ― 二つの師匠ししょう、一つの遺産 最澄空海

臼井先生の伝統を理解りかいするためには、密教の仏教を日本にもたらされた二人のおひらきをご存じでなければなりません ― 天台の開祖かいそ、最澄大師 最澄、そして真言の開祖かいそ、空海大師 空海 でございます。お二方とも804年に中国へおわたりになりました。お二方とも密の伝えとともに帰国きこくなさいました。そしてお二方とも、今日にいたるまではたらつづける仕方で、日本の霊性をかたちづくられました。

最澄大師は法華経を中心とする天台の伝統を持ち帰られました。空海大師は密教の完全かんぜんな伝授を持ち帰られました。お二方のあいだには協力きょうりょくもあり、緊張きんちょうもございました ― 最澄大師は空海大師に密教のおきょうをおねがいになり、空海大師はじかの伝授こそがえのきかぬものであるとして、一部をおことわりになりました。

この緊張きんちょう ― 文字の伝えと直の伝えとのあいだの ― は、日本の密教の歴史すべてをつらぬいております。そして、霊気のなかにもいきづいております ― 象徴は本のなかでつけられます。けれども、まことの力は人から人へと伝えられるのでございます。情報としてではなく、体験として。

歴史の文脈

天台と真言は対立たいりつするものではございません ― 同じ大河たいがの二つの流れでございます。両派ともに密の実践を伝えており、両派ともに真言、印契、曼荼羅をおもちいになります。臼井甕男先生は天台の伝統に立たれましたが、お束ねになりました実践は両派をともに含み ― さらに修験道、神道、シャーマニズム的道教どうきょうへともひろがっております。

マーク・ホサックのおてらでの実践 実践

天台と霊気のむすびは、本のなかからのろんではございません。実践のなかでのみ開かれる体験でございます。マーク・ホサックは日本でのご研究けんきゅう年月ねんげつのあいだ、天台のお寺において実践なさいました ― 傍観ぼうかんする方としてではなく、ともまいる方として。あさ勤行ごんぎょうくわわり、真言をとなえ、さむき山のお寺で瞑想をつづけてまいりました。

そこにあらわれますのは、直接ちょくせつちかしさでございます。天台の儀礼における気のわたしの仕方 ― 三密さんみつ ― 印契(しん)、真言()、曼荼羅() ― の合一を通じて気がはたらくその仕方しかたは、霊気のいしずえでございます。かたちております。うちなる姿勢しせいは同じでございます。原理は同じ ― 入我我入。かれが我に入り、我が彼に入る。

天台のご実践をご存じの方は、霊気をべつそうから理解りかいされます。20世紀せいきのはじめに無から突如とつじょまれた孤立こりつした方法ほうほうとしてではなく、ふるき伝統のきたえだとして ― 最澄大師から中国へ、中国の天台から印度いんどの密教のみなもとへとさかのぼる伝統として。

はじめて天台のお寺であさのおつとめにくわえていただきましたとき ― 印契、真言、三密による力の伝え ― それは霊気れいきでございました。おにおいてではなく、本質ほんしつにおいてでございます。同じ力、同じ仕組み、同じ内なる姿勢でございました。」 マーク・ホサック博士はかせ

これがご自身の実践にとって何を意味いみするか

天台との結びは、学者がくしゃのための歴史の細部さいぶではございません。霊気を理解りかいし体験する仕方を変えてまいります。霊気の伝授が入我我入の原理に基づいているとご存じの方は、それをことなる仕方しかたかんじ取られます。受身の受け取りとしてではなく、能動の合一として。ただの通路ではない ― ご自身もお流れのともなるかたちづくりでございます。

法華経が「仏性はすでに己が内にあり」といていることをご存じの方は、霊気を外から入ることなるものとしてけ取ることをおやめになります。力はいつもそこにございました。伝授がそれをあらわにいたします。くわえるものはございません。

そして、臼井先生がお一人の幻視家げんしかではなく、きた伝統のなかの実践者であったとご存じの方は、ご自身のご実践もまたべつひかりのなかに立つことをおかんじになります。お一人ではございません。臼井先生をさかのぼり、最澄大師、空海大師、密教のしょ祖師そしへとつながる系譜けいふのなかに立っておられます。権利けんりのお話ではございません。おまねきでございます。

真言霊気のなかにおいて、この結びは意識的いしきてきはぐくまれております。天台の要素は歴史の脚注ではなく、ご実践を養うきたいずみでございます。より深く歩みたいとおかんじになる方は、伝授と会のなかにその場をお見つけくださいませ ― 言葉ことばがほのめかすことしかできないものを、じかに体験なさる場でございます。

伝統を体験する

真言霊気のなかのみち

天台と真言と霊気の結びは、直の伝授のなかではなたれてまいります。ご自身に合う入り口をおたしかめくださいませ。

心の道 著書