想像してみてくださいませ。— 二千年余り前のインドに、ひとつの文字が生まれました。税のお帳を記すためでもなく、商いの契りを結ぶためでもございません。聖なるものを担うために生まれた文字。仏さまの御声、宇宙の種子、目に見えぬものの本質を — 椰子の葉に墨でしるされた、優しい曲線のうちに静かにおさめられたのでございます。
そしてその文字が、ゆるやかに旅をしてまいるさまを、想像してみてくださいませ。— ひとりではございません。お坊さまの胸のなか、巡礼の方々の背負い袋のなか、シルクロードを通り、中央アジアの僧院を抜けて。山々と砂漠を越え、中国に到り、そこで尊ばれ守られてまいり — そして遂に海を渡って日本へ。通り過ぎてゆく国ごとに、その姿はそっと変わってまいりました。— そして日本において、世界のどこにもないものへと深まったのでございます。

はじまり — インドと梵字の母、ブラーフミー文字梵字
悉曇の文字 — 日本語では梵字(ぼんじ)と申されます — は、ブラーフミー文字の系統に属してまいります。— 南アジア・東南アジアの諸文字の母にあたるお姿でございます。「悉曇(シッダム)」というその名は、サンスクリットで「成就せられた」「完うされた」を意味してまいります。— 偶然ではございません。インドにおいて、文字とは伝えのための道具を超えるもの。— 成就の道そのものでございました。
那爛陀、ヴィクラマシーラ、オーダンタプリといった、インドの大いなる仏教の学院においては、悉曇は書かれるだけにはとどまりませんでした。— 唱えられ、観想され、瞑想されてまいったのでございます。一字一字に、その音を超えた意味が宿っております。— 音節「ア」は、はじめのはじめ、まだ生まれざるもの、すべてが現れ出づる空のしるしでございました。「オーン」は、宇宙の振れの響き。— 言葉と文字は、霊的な実践と切り離されてはございません。— その核そのものでいらっしゃったのでございます。
紀元六世紀から八世紀のあいだに、密教(ヴァジュラヤーナ)はインドにおいてその頂をお迎えになりました。悉曇は陀羅尼と真言、お護りの呪のための、最もふさわしい器となってまいりました。一字一字が、音であり、意味であり、お力でございます。陀羅尼を書きしるすことは、お手紙を書くこととは同じではございません。— ひとつの儀礼の行でございました。
中国への旅 — 翻訳と変容唐
インドと中央アジアの大いなる阿闍梨さま方とともに、悉曇は中国へと渡ってまいりました。善無畏(スバーカラシンハ)、金剛智(ヴァジュラボーディ)、不空(アモーガヴァジュラ)といったお坊さま方が、八世紀のあいだに、お経・儀軌・付法の系譜をインドより唐の都・長安へと運んでまいられました。— 悉曇の文字も、ご一緒でございました。
中国では、ひとつの大事なことが起こりました。中国には、独自の文字 — 世界でも最も古く、最も奥の深い文字のひとつ — がございました。中国の方々は漢字で読み書きをなさいます。サンスクリットは外つ国の言葉、悉曇のお姿もまた、見慣れぬもの。— にもかかわらず、それは漢字に置きかえられて忘れられたのではございません。— ありのままのお姿で、大切に守られてまいったのでございます。— 密教の阿闍梨さま方は、こう仰いました。「お力は、響きに、しるしに、その厳密な姿のうちに、宿っておりますのでございます」と。

これは、文化の歴史のなかで稀な瞬間でございます。— 外つ国にあって意味は解されぬながらも、その霊的なお力が深く畏われた文字。— 中国のお坊さま方や学者の方々は、悉曇を学び、写し、精緻な曼荼羅へと組み入れられました。— 中国の筆と中国の墨で、けれどインドのお姿のままに。— 悉曇の書の伝統が、そこに静かにひらかれてまいったのでございます。
空海と日本への到来 — 806年空海
804年、空海と申される若きお坊さまが、唐への船に乗り込まれました。— まだ二十代半ばのお歳。聡明で、志高く、内なる炎に突き動かされておられました。日本は、空海さまには狭く感じられたのでございます。奈良の仏教の諸派は、知の糧をお与えにはなられましたが、空海さまの求めておられた深さには、まだ届かぬものでございました。源そのものへ。— そう、空海さまの心は静かに告げておられたのでございます。
長安にて空海さまは、恵果(けいか)阿闍梨にお会いになりました。— 中国における密教の第七祖でいらっしゃいます。恵果阿闍梨さまは、ひと目でこの日本のお客人の器を御覧になりました。— わずか数か月のうちに、伝統のすべてを — 両界の曼荼羅、儀軌、真言、印、— そして悉曇の文字を — お授けになったのでございます。
806年、空海さまは日本に戻られました。— その御荷物のうちに、何百ものお経、曼荼羅、儀礼の具 — そして悉曇の文字とその修法についての深い智識をお携えになっておられました。— こうして空海さまは真言宗 — 「真の言葉の道」 — をお開きになり、その宗派のなかで、悉曇は世界のどこにもない役割をお担いになっていったのでございます。
インドにおいて、悉曇は文字でございました。中国において、悉曇は宝となりました。日本において、悉曇は聖なるしるしとなったのでございます。— 瞑想のお対象、お守り、護りのしるし、目に見える真言。— 空海さまは、文字を悟りへの門へと、そっと変えられたのでございます。
文字から聖なるしるしへ聖
空海さまが日本においてお生み出しになったお姿は、世にひとつしかないものでございました。— インドにおいて、悉曇は生けるサンスクリットの文化のなかで用いられておりました。— 話され、書かれてまいる言葉の一部でございました。— 日本においては、サンスクリットを話す者は、おりませんでした。言葉も文法も、発音も、馴染みの薄いもの。— けれども、まさにそれが、しるしに新たなお力をお与えになったのでございます。
悉曇は、日本において、日々の言葉として機能することがなかったがゆえに、— ほかの何かへと変わってまいりました。— 純粋な象徴へ、— 意味とお力の凝縮へ、日々の言葉から離されたお姿へ。— 一字一字は、もはや文のなかの一音ではなく、ひとりの仏さま、ひとつの宇宙の原理、ひとつの瞑想の体験を担うものとなったのでございます。— 音節「ア」は阿字観 — 真言の核の修法 — への門となり、音節「バン」は金剛界の曼荼羅における大日如来さまのしるしとなりました。— 一字一字が、ひとつの宇宙でいらっしゃるのでございます。
日本のいたるところで、墓石に悉曇のしるしが今も静かに刻まれております。— 寺の門の上にも、お守りや護符の上にも、真言の寺院の最も奥のお堂にかかる曼荼羅のなかにも。— しるしは、どこにでも在り、— けれど多くの方には目に映りません。何を見ているかを知らぬ方は、ただ通り過ぎてまいるのでございます。

マーク・ホサック博士の博士論文 — 悉曇のお研究研
まさにこのこと — 悉曇がインドの文字から日本の聖なるしるしへと変わってまいったその過程 — が、マーク・ホサック博士のハイデルベルク大学における博士論文の主題でございます。— その正式のお題は、『日本美術における悉曇 — 治癒の儀礼』。
京都の寺院にて三年。— 寺の蔵と文書庫のなかで、— 何世代にもわたって悉曇の伝統を守ってまいられたお坊さま方とのお会話のうちに。— 博士論文は、悉曇が日本美術においてどのように用いられてまいったか — 曼荼羅、墓石、お守り、書のなかに — を静かに解き明かしてまいります。— そして、西洋の研究のなかではほとんど触れられてこなかったあるもの — 儀礼の次元 — を、お示しいたします。— このしるしが、ただ描かれるだけではなく、修されてまいったのだ、という事実を。
この研究はマーク博士を、日本の寺院の最も奥なる領域 — 外からの方には、ふだんは閉ざされた場所 — へとお導きいたしました。— 悉曇の修法が今も生きておりますお場所へ。— お坊さま方が朝の四時、闇のなかで曼荼羅の前にお座りになり、音節「ア」を観想なさり、宇宙の響きをご自身のうちにお携えになる、そのお場へ。— 歴史の修習としてではなく、— 今この瞬間の体験として。
霊気の象徴とのつながり靈氣
ここで、円が静かに結ばれてまいります。— 臼井甕男(うすい・みかお)先生がご自身の道に組み入れられた霊気の象徴は、無から生まれたものではございません。— 密教、神道、修験道、そしてシャーマニズム的な道教の伝統と、深い糸でつながっております。— その大切な糸のひとつが、真言宗の悉曇の修法でいらっしゃるのでございます。
その原理は、同じでございます。— しるしは機械的に用いるものではございません。— 瞑想され、観想され、内へと深められてまいるもの。— しるしそのものがお力なのではなく、— しるしが、お力への門でいらっしゃるのでございます。— 真言の伝統において、音節「ア」は大日如来さま、宇宙の仏さまへの道を、そっと開いてまいります。— 霊気においては、象徴が宇宙の生命のお力への道を開いてまいります。— お姿は異なれども、その原理は、ひとつでございます。
悉曇の歴史を知る方は、霊気の象徴をより深い層においてお受けとめになります。— 象徴とは、ただ「使う」「当てる」道具ではなく、— 千年余りの伝統の凝縮でいらっしゃる、と。— インドの智慧、中国における守り、日本における深まり — その三つが、ひとつの結び目に出会うところに、霊気の象徴は息づいておりますのでございます。— 悉曇は、霊気の象徴の祖でいらっしゃいます。— そしてその物語は、まだ終わってはおりません。
インドでは、文字が聖なるしるしとなり。中国では、聖なるしるしが宝となり。日本では、宝が瞑想の修法となり。— 霊気のうちでは、その修法が、すべての方にひらかれてまいります。— 霊気の象徴は、二千年余りの旅の果てに、— そしてご自身の道のはじまりに、静かに立っていらっしゃるのでございます。
悉曇は、消えてしまった文字ではございません。— 生きておりますのでございます。— 高野山の寺院に、真言のお坊さま方の儀礼のうちに、真言霊気の修法のうちに。— そして、もしかすれば、— お許しになるとき、— ご自身のうちにも、息づきはじめてまいるのかもしれません。— 歴史の知識としてではなく、— 体験として。— どんな書よりも古く、どんな説明よりも生きた何かとの、— 静かなお触れあいとして。