思い描いてみてください — 早朝、日本の山あいの寺院。杉のあいだに霧がたなびいております。お堂のなかで、二人の僧侶が向かいあって膝をついておられます。一方が他方の肩に手を置き、ゆっくりと、深く、瞑想とも呼べるほどの注意ぶかさで圧してゆきます。長い坐禅に入る前に、お二人は身体をととのえます — 体操ではなく、触れあいによって。これが二千五百年のあいだ続いてまいりました。
仏教の按摩はウェルネスの技ではございません。世界でもっとも古い霊性の実践のひとつでございます — 身体を開くことによって心を解き放つために生まれた、身体へのはたらきの一つの形でございます。今日「マッサージ」と呼ばれているもののほとんどよりも、ずっと古い由来を持っております。

源流 — 耆婆と仏陀の時代 醫王
仏教の按摩の歴史は、およそ二千五百年前にさかのぼります — 北インド、釈迦牟尼仏陀の時代でございます。そこに 耆婆 耆婆 という方がおられました。仏陀のお側に仕える医師として伝承に名を残しておられます。耆婆は普通の医師ではございませんでした。パーリ語の経典は、身体へのはたらき、薬草の知識、外科の技を当時の人々が驚くほど一つにまとめておられた方として記しております。
あまり知られていないことに、耆婆は仏陀ご自身だけでなく、僧伽 — お弟子の集まり — をも手当てしておられました。耆婆は、僧院での暮らしに合わせた身体の手入れの方法をかたちづくられました。長時間の瞑想を行う僧侶たちには、身体をしなやかに保ち、こりをほどき、深い禅定を可能にする静けさへと心を導く、そういう実践が必要でございました。触れあいは贅沢ではございませんでした — 大切なものへの備えだったのでございます。
仏陀から二百年あまりののち、アショーカ王は仏教を新たな広がりへと導かれました。血なまぐさい征服戦のあとに仏教にめぐりあったマウリヤ朝の王さまは、僧侶たちを四方の使者としてお遣わしになりました — スリランカへ、中央アジアへ、東南アジアへ。僧侶たちとともに、経典や瞑想だけが旅したのではございません。耆婆の医療の知 — 僧院で行われていた身体へのはたらきも含めて — もまた旅をしてまいりました。
こうして仏教の按摩は、交易と巡礼の道に沿ってアジア中に広がりました。仏教が及んだそれぞれの地で、按摩は土地の身体のはたらきの伝統と溶けあってまいりました — 中国の医学、道教の気の見方、密教の儀礼の実践と。生まれたのは、一つの統一された体系ではなく、生きた家族 — 同じ核を分かちあう諸伝統 — でございます。霊性の実践としての触れあい、その核を。
瞑想としての触れ方 — 仏教の按摩を別ものにするもの 觸行
仏教の按摩は、スポーツマッサージやウェルネスの施術とどう違うのでございましょうか。ちがいは手の動きにあるのではございません。意図に — そして触れる側の内なるたたずまいにあるのでございます。
僧院の伝統において、お互いを按摩することは、行ずる者どうしのいたわりのはたらきでございました。僧侶たちはこれによって瞑想に備えてまいりました — 受け身のストレッチで結跏趺坐に向けて股関節を開き、肩や背中の押しで長時間の坐の張りをほどき、ヨガに似た姿勢で身体を「目覚めとくつろぎのあいだ」のあり方へと導く。手だけでなく、前腕、肘、膝、足までもがはたらきます — 身体まるごとが手だてとなります。そしてこの伝統の大切な特徴は、直接の身体と身体の触れあいでございます。多くのアジアの按摩のかたちと一線を画す要素でございます。
けれども肝要だったのは技ではございませんでした。心の有りようでございました。この伝統で触れる方は、真言を唱えるとき、書をしたためるときと同じ注意ぶかさで触れます。触れることそのものが瞑想となります — 双方にとって。あたえる側もまた、受ける側と同じく、行のなかにいらっしゃるのでございます。
この伝統には基礎の二つの層がございます — 注意ぶかい触れ方、ストレッチ、押しのはたらきによる仏教の按摩(油を用いる場合も用いない場合もございます)、そしてそれに加えて密教の真言、観想、儀礼の要素を伴う進んだ密教的な按摩でございます。両方とも生きております。両方ともそれぞれの場所がございます。進んだ形は伝授を前提といたします — 直接の関わりの中でのみ伝えられる実践のひとつでございます。

愛染明王 — 情の明王 愛染明王
仏教の按摩を深く尋ねてゆかれるなら、いずれ一つのお姿に出会われます。最初は意外に思われるかもしれません — 愛染明王 愛染明王。赤いお身体、六本のお腕、燃え立つ宝冠の上には獅子の頭、お手のひとつには情の弓を持っておられます。按摩と関わりがあるとは見えにくいお姿でございます。それゆえに、惹きつけてやまないのでございます。
真言の伝統において、愛染明王は 明王 の一尊でいらっしゃいます — 特別なはたらきをお持ちの明王さまたち。明王は、他の流れでは妨げとされるものを、霊性のはたらきへと変容なさいます。愛染明王は、情、欲、身体的な望みを抑えこむのではなく、変容させてくださる明王でございます。仏教の深い気づき — 身体は心の敵ではなく、その仲間である — を体現しておられます。
真言霊気において、愛染明王は仏教の按摩の守護尊でいらっしゃいます。愛染明王による伝授は師範の道の一部でございます — 触れることが身体のはたらきだけでなく、儀礼のはたらきともなる、そのような身体への関わりの一つの広がりを開いてまいります。あたえる側のお手は、個人を超えたはたらきの手だてとなります。それは自ずと起こるものではございません。伝授によって、実践によって、生きた儀礼の伝統とのつながりによって起こるものでございます。
真言霊気の仏教の按摩は、本を読んで身につけられる技ではございません。伝授の実践でございます。 愛染明王とのつながり、密教の真言、内なるたたずまい — そのすべてが、絶えることのない流れの中で伝えられてまいりました。同行から行ずる方へ。心から心へ。何世紀にもわたって。真言霊気では、道教からの流れも織り込まれております — 身体のエネルギーの道筋とのはたらきは、中国と日本に独自の深い伝統がございます。
身と心 — なぜ触れることが霊性なのか 身心
西洋の多くの霊性の伝統には、身と心のあいだに深い溝がございます。身体は器、よくて手だて、悪くすれば妨げと見なされます。心は身体から離れるべき、と。仏教の伝統 — とくに真言の密教では — それと根本のところで違っております。
真言宗をひらかれた弘法大師空海は、こうおっしゃいました — 即身成仏 即身成仏 — この身、この生で成就すること。死後ではなく。身を否む道においてではなく。身のただ中で、身を通って、身とともに。身体は道のうえの妨げではございません。身体が道なのでございます。
仏教の按摩は、この原理の直接のあらわれでございます。注意ぶかい触れ方が身体を開くとき、心も同時に開かれてまいります。筋肉が緩むとき、心の張りもまた緩んでまいります。息が自由に流れるとき、背骨を巡るいのちのエネルギーもまた流れてまいります。これは理屈ではございません。二千五百年のあいだ、行ずる方々が語ってこられた経験でございます — 異なる言葉で、異なる文化で、けれども驚くほど近い言葉で。
マーク・ホーザクが日本の寺院で経験したことは、まさにそれを裏付けております。そこで出会った僧侶方は、「霊性の実践」と「身体のお手入れ」を分けてはおられませんでした。瞑想、按摩、お祈り、書 — すべてが行でございました。すべてが道でございました。そしてすべてが同じ場所へと導いておりました — 今この瞬間の、身体のなかでの、身体を通してのまっすぐな経験へ。

「マインドフルネス」が販売の言葉となり、「ボディ・マインド・コネクション」がヨガマットに刷られる時代に、仏教の按摩はあるたいせつなことを思い起こさせます — 触れることはただ心地よいだけのものではない、ということ。「背中によい」だけのものでもない、ということ。正しい意図、正しい伝授、正しい内なるたたずまいとともに行われるとき、触れることは扉となりうる、ということ。言葉より深いところに通じる経験への扉に。
真言霊気において、仏教の按摩は師範の道の一部でございます。切り離された技としてではなく、身・心・儀礼を結ぶ実践の不可欠な一部として伝えられてまいります。この道を歩まれる方は、マークの研究と日本の寺院での実践を映しだすような触れ方の一つの形を見いだされます — 耆婆の時代から生き続けている形でございます。
仏教の按摩と霊気は、医療に代わるものではございません。霊気のセッションは医療行為に代わるものではございません。お身体のことでお困りの際は、必ずお医者さまや治療者にご相談ください。